12歳の5月

私が小6の時の話

五月晴れのある日
私の親友のお母さんが急逝した。
彼女の家に行くといつも優しく迎えてくれる
きれいなお母さんだった

あんなに元気そうだったのにどうして?と
子供心に不思議だった

告別式の彼女は悲しさを抑えて気丈に弔問客に挨拶をしていた
まだ十二歳なのに…

彼女のお父さんは出棺の時
霊柩車に入れられようとする棺にすがって
泣き崩れていた光景を私は今でも鮮明に覚えている

その後忌引として十日ほど彼女は学校を休んだ
彼女のいない間に、死因は自殺だったという噂がクラスに流れた…

私は飛んで行って彼女に会いたかった
だけどまだ子供だった私はどうしてあげたら良いか解らなかった…

クラスに戻った彼女は何ごともなかったようにしていた。
以前よりも明るくしているように見えて私は切なかった

許せなかったのは
彼女に本当に自殺だったのかと尋ねる奴等…
その時だけ彼女の瞳の奥が曇っていたのを私は見逃さなかった
私は何も訊ねずに彼女のそばにいる事に徹した

彼女はいつもお姉さんのように頼りない私の面倒を見てくれた
私達はいつも一緒だった

ところが夏休みに入る直前、突然彼女は転校する事になった。
彼女の伯母が母親がわりをする為に伯母の近くで暮らすのが理由だった

引っ越しの日、私はどうしても
絶対にもう一度会わなければ!と彼女の家まで全力で走った

夏の陽射しが痛いほどに照りつける昼下がり
引っ越しのトラックの助手席にポツンと彼女は居た
彼女は飼っていた猫が2匹とも見当たらなくって…としょんぼりしていた
とても可愛がっていたのでどうしても
連れて行きたかったのだろう・・・
そんな彼女が可哀相だった

その後、文通をしたり
時々彼女は都内まで会いに来てくれた
彼女はいつも明るくニコニコしていた

母親が居ない分やる事がいろいろあるらしかったが
一つも不満をこぼさなかった
だが、そんな彼女の指は赤く荒れて
しかも、指紋が消えそうになっていて痛そうだった・・・

あれから長い年月が流れたが
今頃彼女はどうしているのだろう?

五月晴れの日になると彼女の事を思い出す・・・

コメント

テレパシー

FLYさん、とても深い話で読みいってしまいました。
いろいろな「別れ」の形を体験されたんですね。

悲しい記憶ほど、色褪せない気がします。
普段は忘れているのに、ふとしたところで
ハッキリと思い出したり…。
それって、きっと とても大事なことなんだろうなぁ。

お友達のこと、思い出された…ということは
相手の方もFLYさんを思ってらっしゃるんですよ。
「恋しい、懐かしい」と思った気持ちは、離れていても
相手に届いているんだそうです。
だから、突然夢で見たり 思い出したりするんだそうですよ〜。
むか〜し、そんな本を読みました。

後日談

ricoさん、おはようございます。

5月になったらこの話を書こうと思っていました。
あいにく、今日は五月晴れではないですが・・・

何も聞かなかったのに、あれから彼女は私に話してくれました。
彼女は第一発見者だったそうです。
彼女だけがお母さまの変わり果てた姿を見ている
そうです。
彼女は淡々と話してくれました。
だから余計に忘れられません。

そして、今日はおかあさまの命日です。
今は、年賀状の交換だけになってしまいましたが
文面を見る限りでは、元気そうです。

私の事、今日は思い出してくれてるかな・・・?

第一発見者

flyさんのお話、それからricoさんのコメント、そしてflyさんのレス・・・
読んでいたら本当に深く考え込んでしまいました。

第一発見者だったなんて・・・
そのお友達の心情を思うと言葉になりません。

子供を持つ親として・・・正直なところ、
してはならない体験させてはならない、
最も避けなくてはならない事だと思います。

私のまわりでも、自ら命を絶った人が何人か居ます。
なんであの人が??と思うばかりです。

flyさんの、そのお友達がその後強く成長し、
元気に暮らしているらしいとのこと・・・
救われる思いがします。

ゆらさん、こんばんは。

そうですよね。最も避けなくてはならない事ですよね。

自殺していく人、私には全く理解できません。

親友は、若くして結婚、出産。
今年の年賀状ではお子さんが13歳を迎えたとありました。

彼女にはお母様の分まで長く生きて欲しいです。
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